2008年04月20日

クモの糸2 蜘蛛の意図

蜘蛛にからまったチョウは、かわいそう。だから、助ける。
では、からまったのがハエだったらどうであろうか?
大抵の人は、意に介さないであろうし、よしんば助けようと
は思わないであろう。

蜘蛛の存在というのは、なかなか興味深い。
人は、人にとって有益・無益・有害・無害などの観点から
虫・動物などを「害虫」(害獣)、「益虫」と呼称する。

たとえば、「ミツバチ」を例にとると「益虫」であろう。
しかし、この「ミツバチ」時に人を襲う。少し前のニュースで
マラソン中のランナーが、養蜂園の大量のハチの攻撃にあった
というのがあった。この時のミツバチは「害虫」であろう。
アナフィラキシーショックを考えたら、ミツバチだって恐ろしい。
あと、ミツバチの攻撃(刺す行為)は「捨て身」技であり、
逆必殺技(自分が死ぬ)でもある。

「クモ」の場合はでどうであろうか?
例えば、クモが家に侵入し、勝手に家庭空間の角っちょや、
押し入れに巣をつくっている場合がある。あまり考えずに
クモの巣を壊してしまうのが世の常だが、実際にこのクモの巣
家の中にいるハエなどの「害虫」を捕ってくれていたりする。
つまりこの観点に立つのであれば、「クモ=益虫」である。
人によっては、ペットのエサを得るためにクモを利用したりも
していると思う。

要するに、クモを人間に当てはめて考えてほしい。
世の中には、いいひと・悪いひと、有益・無益・有害・無害に
見える人がいる。立場や観点によって、それらのひとびとは
いろんな顔を見せる。いろんな背景を抱えている。
時に自分にとって「味方」になったり、「敵」になることもある。
助けられたり、助けたりすることもあるだろう。
利用したり、利用されることもあるだろう。
「人間だもの」の一言で片付けられない。
私は、それほどできた人間ではない。

「クモの巣にかかったチョウ」を見て、「助けたい」と思うのか
「別にいいや」と思うのか、「レンタル返しに行かなくちゃ」と
全く気にもとめないのかは、個々の自由だと思う。

単純に「弱肉強食」の観点に立つのならば、「ほっておく」のが
ベターだ。でも、自分が助けたいと思うのであれば、助けても
いいのである。それは、人間に限らず、万物に対して当てはまる。

でも、助けた対象が必ずしも正しいかどうかはわからない。
それは、その人の独断と偏見、立場に基づいたものだからだ。

私の中では、「ダライラマ=よい、中国政府=悪」の形ができた。
中国は、国内においてはっきりした言論統制と洗脳を行ってきたし、
現在でもそれを続けている。武力行使もやめない。
このメガネが正しいのか、曇っているのかはわからない。
だが、そう見えるのである。あくまで、私にとってのここだけの話。

しかし、北京五輪は、中国にとっての盛大な
「ネガティブ・キャンペーン NOW ON SALE(今すぐ去れ!)一掃」
的な一大事業になってしまったなぁ。

からまってもがいているのは、糸を広げた方だ。
こういうのを自縄自縛っていうんだろうなぁ。

自分自身の檻の中でもがいてる(ミスチル「名もなき詩」)的な状況
posted by book0001,世界は誰にでも、読書初心者におすすめ at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままにその日暮らし! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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