2008年04月19日

「クモの糸」

クモの巣にチョウがかかっていた。サンタをまだ信じていた
あの日の私は、クモの巣を「切捨てごめん」と叩ききり、
チョウを逃がした。そして、「いいこと」をしたと思ったのだ。

あれから、何度の春を過ごしただろうか。
今の私は、クモにチョウがひっかかっていようと助けたりしない。
それが自然なことだと思うからではない。単に面倒くさいからだ。

一般的に「クモの巣にひっかかったチョウ」を見た場合、大抵の人は
チョウに肩入れすると思う。つまり「クモ=悪、チョウ=正義」の
方式が成り立つからだ。チョウ=悪くない存在でも構わない。

ワナをはって、網にかかったチョウなどの虫を、捕食し糊口をしのぐ
クモというのはやはりイメージが悪い。見た目もかわいくない。
反対にチョウは美しく、人気が高い。わざわざお金を出して買う人が
いるのも肯ける。力関係で言っても、捕食する方が悪者に見えるのも
大いに肯ける。

しかし、クモも生き物である以上、「食べなければ生きていけない」
それは、生き物である人間にも当然当てはまる。クモは、悪者に
見えるが、人間も同じことをしている。直接的にも、間接的にもだ。

夏目漱石の坊っちゃんは大好きだが、坊っちゃんというのはいい意味でも悪い意味でも、少年のような性格の持ち主だ。単純にして純粋。
白黒はっきりつける剛毅で無鉄砲な性格。傍にあんな人がいたら、
周りは苦労するだろうな…というタイプの人間だ。

http://manga0001.seesaa.net/article/76042836.html「坊っちゃん」

芥川の蜘蛛の糸では、火事を起こして強盗を働いていたカンダタが
クモの巣を破壊しないようにしたことが「チャンス」のきっかけを
作ったが、何度考えてみてもお釈迦様の気まぐれとしか思えない。
あれは、信頼という名の糸であり、絆のようなものだと思うのだが、
持ち上げて叩き落すという手法は、無慈悲としか言いようがない。

http://book0001.seesaa.net/article/72009032.html「蜘蛛の糸他」

槇原が「Hungry Spider」という曲の中で、クモの視点でおもしろい
世界観の歌を奏でている。クモが、自分の巣にかかったチョウを愛し
逃がしてしまうのだ。その姿は「鳴蝉潔飢」。高貴な姿。
(蝉は汚れた物を食べずに飢えて死ぬ。筋を曲げない凛とした態度)
同時に、この歌はチョウを食べなかったクモの死を暗示している。

http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=65304「Hungry Spider」
posted by book0001,世界は誰にでも、読書初心者におすすめ at 09:09| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままにその日暮らし! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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