2020年02月14日

小説『ニセモノの妻』三崎亜記

「終の筈の住所」

マンションに引っ越してきた夫婦はなぜか住人に全く会わず
不気味なほど静かな新生活を送る。
ようやく荷物も片付き、招待されていた先輩の家に
向かう夫婦が観たものは、自分たちの住むマンションに
反対する巨大な幟(のぼり)を掲げた家々だった。
あれ、先輩のウチの幟が一際大きいような…。

にこやかに夫婦を迎える先輩夫婦。
マンションの存在は大反対だった、住人たちの反対を
押し切って建設されたマンションは憎い。
だが、君たちがあのマンションに住んでいるのは別問題。
この地域の人たちはマンションを目の敵にしていた。

住民自治会にやってきた主人公は異常事態を知る。
マンションに住み、組合員は282名いるのに
自分以外は全員委任状を提出しており、出席者は自分ただ一人。
かつてこの町をジョギングしたときじぶんの部屋以外に
明かりがなかったのは見間違いではなかったのではないか?

「ニセモノの妻」

ある日を境に容姿、能力、記憶、遺伝子情報などが
ホンモノ(本人)と同じニセモノの存在が現れるようになった。
ニセモノの特徴は自らが「ニセモノ」であると自覚している。
ニセモノはホンモノやその家族の前から自発的に姿を消すので、
日常生活に問題が起こらない。彼、彼女を保護する者もいるが、
「人権を有しない」バケモノのような存在として忌避する者もいる。

自分の妻が、ニセモノではないかと言い出し、
なぜかホンモノの妻がいなくなってしまった。
主人公はホンモノの妻を捜すことに熱心なニセモノの妻と共に
ホンモノの妻を見つけることにした。

ニセモノたちが集まる方舟協會という組織があるという。
うさんくさい情報を男から入手した「二人」に待ち受けるのは?

「坂」

坂ブームによって坂愛好者が増える昨今、坂をめぐる争いが
生じるようになった。(乃木坂46、日向坂とかとは無関係)
つまり坂を持つ者、持たざる者、坂愛好家、無関心派、
そして坂愛好家に対抗する階段主義者の対立などが顕著になる。
熱心な坂愛好家である妻は、夫との坂に対する認識の違いから
家を出てしまい、坂を占拠するグループに入ってしまう。
繰り広げられる高度でありながら不毛な屁理屈合戦。
坂の「傾き」が暗示する「価値観」の争いは何を生み出すのか。

「断層」

断層、次元の狭間に突如吸い込まれた人々。
一日に十数分程度、こちらの世界に戻ってくるのだが
自分が異次元に行っていることを認識していない。
もし彼ないし彼女がそれを自覚してしまうと、
世界から消えてしまいもう戻ってくることはない。
原因不明の自体に困惑する人々。
しかし、それ以降起こらない断層現象は次元の狭間に
大切な人を奪われた関係者以外の原因解明への熱意、
保護対象などの救済措置を奪っていく。
そういたみを被る者以外にはしょせん対岸の火事だった。

物語にはある恋愛脳全快のバカ夫婦が登場し、
読者はウザいほど仲がよい姿をみせつけられる。
物語の深刻さと対照的に夫婦は平素のようにイチャイチャし、
限られた時間を過ごすのである。
妻こと希美さんにこのことを知られてはいけない。
だって、事実を知ったら最愛の妻が消えてしまう。
誰もさわれない二人だけの世界、だがそれは夫である
主人公のたった一人の孤独な戦いでもある。

大切な人を理不尽に奪われることは現実の世界にもままある。
「神隠し」的原因が不明な事象によって、妻を失う
恐怖と戦う夫くんの姿に思わず涙を流してしまった。

著者の代表作としては「となり町戦争」がある。
その後も何冊か読んだのだがそれ以来の会心の短編集である。
表題作である「ニセモノの妻」の持つ圧倒的な世界観、
コメディーのようなバカ夫婦による究極の愛の日々を描いた
「断層」。すばらしいの一言に尽きる。新潮文庫
posted by book0001,世界は誰にでも、読書初心者におすすめ at 07:28| Comment(0) | すごくおすすめの短編・短編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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