2010年08月20日

【永訣の朝】

今日の内に遠くへ行ってしまう私の妹よ
みぞれが降って 表は変に明るいのだ
雨雪をとってきてください
薄赤く一層陰惨な雲から
みぞれはびちょびちょ降ってくる
雨雪をとってきてください

青いじゅんさいのもようのついた
これら二つの欠けた陶椀に
おまえが食べる雨雪をとろうとして
私は曲がった鉄砲玉のように
このくらいみぞれの中に跳び出した
雨雪をとってください

二切れの御影石材に
みぞれは淋しくたまっている
私はその上に危なく立ち
雪と水とのまっ白な二相系を保ち
透き通る冷たいしずくに満ちた
このつややかな松の枝から
私のやさしい妹の
最期の食べ物をもらっていこう
私たちがいっしょに育ってきた間
見慣れた茶碗のこの藍のもようにも
もう今日 おまえは別れてしまう

蒼鉛色の暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬという今頃になって
私を一生明るくするために
こんなさっぱりした雪の一椀を
おまえは私に頼んだのだ
ありがとう 私のけなげな妹よ
私もまっすぐに進んでいくから
雨雪をとってきてください

激しい激しい熱やあえぎの間から
おまえは私に頼んだのだ
銀河や太陽 気圏などと呼ばれた世界の
そらから落ちた雪の最期の一椀を

本当に今日 おまえは別れてしまう
あぁ あの閉ざされた病室の
暗い屏風や蚊帳の中に
やさしく蒼白く燃えている
私の健気な妹よ
この雪はどこを選ぼうにも
あんまりどこも真っ白なのだ
あんなおそろしい乱れたそらから
この美しい雪が来たのだ

また人に産まれてくる時は
こんな自分のことばかりで苦しまないように
産まれてきます

おまえが食べるこの二椀の雪に
私は今 心から祈る
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまえとみんなとにきよい天の恵みをもたらすように
私のすべての幸を懸けて願う


宮沢賢治
posted by book0001,世界は誰にでも、読書初心者におすすめ at 07:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 児童書・絵本・はれぶた・バッテリー・詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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