2019年06月25日

小説『百瀬、こっちを向いて。』中田永一

「百瀬、こっちを向いて。」

人間レベル2の学校カースト底辺を自負する僕は、
百瀬陽という美少女とつきあうことに。
そこにはこんないきさつがあった。

幼なじみにして年上のヒーローイケメンの宮崎先輩は
学校を代表するご令嬢の神林先輩とつきあっている。
(資産家の神林先輩は県知事とも知り合いなのだ)
誰もがうらやむ美男美女のカップル。
しかし、宮崎先輩は百瀬というタイプの異なる美少女
ともつきあっていた。デートを目撃してしまった僕は、
神林先輩の疑念を晴らすために百瀬と恋人のフリを
してほしいと宮崎先輩から頼まれてしまう。
命の恩人である宮崎先輩の頼みは絶対に断れない。

豆電球のような学校生活を同レベルの親友田辺と
すごしていた僕だったがきら星のような恋人ができた。
そして先輩たちカップルとのダブルデート。
神林先輩への罪悪感と百瀬への切なく苦しい想いや
秘密を抱えきれなくなった僕は田辺に心情を吐露する。

作品において印象的なのはキャラクターたち
ひとりひとりの秘密や感受性豊かなセリフだ。
恋愛物語の蚊帳の外に置かれていた田辺が吐き出した
飾りのない主人公へのメッセージに心打たれた。

「なみうちぎわ」

5年間の間、意識を失っていた私の目の前に
現われたのは成長したかつての教え子だった。

海辺の田舎町の女子高生姫子は小学六年生の
灰谷小太郎の家庭教師になる。不登校になった
小太郎は生意気な口をたたくが徐々に打ち解ける。
そして事件が起こる。

溺れていた小太郎を助けようと海に飛び込んだ
姫子は重体となり遷延性意識障害と診断される。
意識を取り戻した姫子は徐々に回復し、
杖をつきながら大検をめざして歩き出した。
しかし自分のせいで姫子の人生を大きく変えて
しまったという自責の念にかられる小太郎は
まだあの日の波に翻弄されていたのだった。
寄せては返す波のように起こった恋愛感情、
ふたりの恋の行方は…

「キャベツ畑に彼の声」

本田先生は国語教師、発生がよく黒いセルフレームの
眼鏡がよく似合い女子生徒から人気がある。
わたしこと小林も心惹かれるひとりだが、
結婚間近な恋人がいるという噂。ざんねんである。

わたしは作家の「テープおこし」という高額バイトを
頼まれて録音素材から入力作業を行っていた。
あれ、この声どこかで聞いたような…。
覆面作家(正体、写真などを公にしていない作家)
北川誠二は本田先生なのではないか?

こうなると北川誠二の作品が俄然気になり
読んでみると、黒いセルフレームの国語教師が
登場する本大先生をモデルにしたような内容だ。
確信を強めた私は提出課題時のノートに
あの小説を書いたのは本田先生ですか?と問いかけた。

「小梅が通る」

引っ越しを機に私は周囲をあざむくブスメイクを
はじめた。女優をしていた母、その遺伝を強く受けた
わたしは自覚はないが美少女で周囲をザワつかせる。
頼まれて子役モデルの仕事をしていたことがあるが
ヤバイ自称ファンの出現に心配した親は
引っ越しを決めわたしはモデルを引退した。
誰もがうらやむ容姿は同性からの強いやっかみもあり
苦い過去をつくりもした。

めだたない方が穏やかな生活を送ることができる。
という強い人生訓を持つ母、いろいろ学んだわたしは
平素からブスメイクをし偽装をし日々を送る。
めだたないよう心の友である二人と共に教室の隅で
ひっそりと生きることを選択したわたし。
しかし、お調子者の山本寛太の出現によって
春日井柚木は架空の妹小梅を名乗ることに。
油断して焼き肉店で素顔をさらしてしまい、
とっさにモデル時代の名前を言ってしまったのだ。

小梅にひとめぼれした山本寛太は彼女に会わせろと
わたしをせっつく。めんどくさい奴だ、
数学70点取ったら会わせてやる、でもムリだろ。
と思っていたのだが…。
嘘からはじまる恋もあるんだね。いとしいね。

乙一先生別名義の傑作短編集。すさまじい完成度。
posted by book0001,世界は誰にでも、読書初心者におすすめ at 19:04| Comment(0) | すごくおすすめの短編・短編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月10日

小説『美しい星』三島由紀夫

円盤を目撃したことで自分たちは宇宙人である
と自覚した一家。水爆実験(核実験)をはじめた
アメリカ・ソ連の暴挙を憂い平和を熱望した。

埼玉県飯能市の裕福な大杉一家には秘密があった。
家族四人が個別にそれぞれUFOを見たことで
金星・火星・木星・水星人であると思い出す。
そして地球人の個体に精神(霊魂)が侵入し、
4人で生活する家族であった。
生まれ育った天体での記憶は全くないが、
それぞれ別の天体から飛来した宇宙人であり、
そう自称している。

もちろんそんなことを言う奴は、狂人扱いされ
この星では排斥されることは明白なので
一家はこのことを隠しながら生きている。
世界平和を憂う父重一郎は宗教的活動を行い、
長男一雄は政治活動に活路を見いだそうと
有力な政治家黒木に近づく。
地球人離れした美人の金星人暁子は
自称金星人の竹宮に会いに行く。
変人ばかりの家族の中で平凡な感受性を持つ
母伊余子は彼らに寄り添うように暮らす。

彼らの存在を妬む卑しい近隣の住人。
彼らの通報によってやってきた刑事。
そして円盤を見たことで宇宙人であることを
自覚した自称宇宙人たちも現われる。
彼らは地球人達を安楽死(人類を滅亡)させる
ことが衆生につながると物騒な考えに囚われた
厄介な存在であり、重一郎と対決することに。

物語に登場するのは自称宇宙人であり、
明確な形で宇宙人とする根拠や記述はない。
しかし重一郎や暁子がそれぞれ見た円盤が
実在するのかを論じるのはナンセンスだ。
この物語の主題は冷戦下にあった当時の
深刻な緊張状態の中、核実験を繰り返す
愚かな人類を宇宙人の視点で捉え、
痛切に批判、解決を模索した点である。

核という人間の手には余る科学技術を放棄するか
そもそも人類自体を滅亡させることで
魂を苦痛から解放する(安楽死させる)
という命題に挑んでいる。
作中重一郎は、個人の痛みが人類全体の痛みと
して共有されればこんなバカげた諸々の
失敗や過ちを繰り返さないはずだと糾弾する。
殴り合えばわかることが、爆弾を投下すれば
一方的な暴力となりボタン一つで可能となる。
しかも、それが命令であれば責任の所在は
あいまいとなり、取り返しのつかぬ惨劇を生む。

「人」が思いつくことはいいことでも悪いことでも
いつかは誰かが実行する。理想を掲げる重一郎、
政治家になることで人類を支配しようとする一雄、
金星人を身籠る暁子。そして自称三バカ宇宙人。
自己陶酔する者たちの運命、人類の運命は?

1962年(昭和37年)に描かれ8年後に著者は
亡くなったわけだが、その頃と今とでは世界の
あり方や緊張度全然違うのだろうなぁ。
それこそ宇宙人や広大な宇宙に救いを求めたくなる
気持ちもあるのだろうが、著者の持つ宇宙(脳)に
少し触れられるというだけでも一読の価値がある。
新潮文庫 355ページ
posted by book0001,世界は誰にでも、読書初心者におすすめ at 17:24| Comment(0) | すごくおすすめ長編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする