2008年10月24日

小説「夏の災厄」篠田節子





平和な街に突如起こった原因不明の奇病によって巻き起こった

バイオハザード。伝染病である奇病の感染防止と原因を究明しよう

と立ち上がった市の保健センター職員たちだったが、

行政システムの弊害によって、有効な対策が立てられない。

同時に、権利だけを主張する無責任な住民や崩壊した地域社会の

希薄な人間関係も加わって、巻き起こる悲劇の数々。

そういったごたごたの中で、「日本脳炎」の新型ウイルスは

着実に街の人々の身体と心を蝕んでいき、パニックや自殺、

暴力的な衝動を誘発し、更なる悲劇を生んでいく。


設定は、埼玉県の昭川市、都心から50キロ、人口は86000人。

農林業が盛んな、ベットタウンという架空の市だ。


物語で特に印象的なのは、日本脳炎を媒介するある生物を駆除

しようと農薬散布が行われるのだが、地域の人間関係の希薄化、

核家族化によって、情報が行き届かずに、こどもがモロに農薬を受け

絶命する描写である。あらかじめ、地域には放送で農薬散布を

する放送や、回覧や散布する旨の書類が伝達され、同時に

悲劇が起こる数分前におばあさんがこどもたちに家に入るように

促す場面がある。だが、「知らない人の意見は聞かないように」

という親から教えられたこどもたちは、それを無視してしまう。

そこには、地域の相互扶助(助け合い)をしてこなかった人間関係の

希薄化が如実に現われている。


「漠然としたものに対する恐怖」によるパニックなどによって、

正常な判断が取れずに起こる異常な行動を読むにつけ、本当に怖い

のはウイルスもそうだが、人間の心なんだとひとりごちた。585ページ
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2008年10月15日

私小説「ホームレス中学生」田村裕

突如父から「解散」と告げられた中学生の悲喜交々の物語。

どうしようもない飢えの苦しみや、うんこにしか見えない

滑り台がある公園で寝起きする少年の苦悩をユニークな表記を

交えて描く。麒麟がテレビで語っていた「味の向こう側」、

「家族解散」などのすべらない話の詳細も語られる。


人のやさしさとか、こどもの残酷さとか、家族のあたたかさとか、

母の無償の愛とかを笑えるエピソードを交えて描く。180ページ。
ラベル:私小説 読書
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2008年10月06日

小説「白夜行」東野圭吾




権謀術数、裏切り、見えない絆、暗躍する影……

殺人事件の被害者の息子桐原亮司と容疑者の娘西本雪穂の

壮大で物悲しい白夜行は次々の不幸を巻き起こす。

基本的に物語りは暗く、ハードな内容を含む。850ページ。


1973年、大阪の廃墟ビルで質屋を営む桐原亮司の父が殺された。

質屋であり、評判のよくない男でもあったため、容疑者は次々と

浮かび上がっていった。西本雪穂の母もそのひとり。

事故死か、自殺か、殺人か不確かなまま事件は迷宮入りした。


物語はその後の、桐原亮司と西本雪穂のそれぞれの「成長」を描く。

彼らの近くでは、次々と事件が巻き起こり、そこにはお互いの影が

見え隠れするのだが、不気味なベールに包まれたまま証拠はない。

誰も信じない陰気で影の多い少年と、貴族然とした薄幸の美少女の

瞳に映る未来は?


物語は、「オイルショック」「V9ナイン」「阪神優勝」

「インベーダーブーム」「マリオブーム」「宮崎勤事件」

などの歴史的事件も扱って、19年という大きな舞台を描いた傑作。

暗い魅力に溢れた作品であり、ダーティーな二人の主人公がなぜ

人々の魂を掌握・翻弄することに長け、また魅了するのか?

絶望の淵から這い上がろうとする魂の叫びを感じる作品。


桐原亮司

金に汚い。それは「金」の力を知るゆえ。

謎の多い秘密主義の男で、コンピュータの知識や犯罪にも積極的に

関わる。コンプレックスを抱えている。権謀術数に長けている。

「俺の人生は、白夜の中を歩いているようなものやからな」

西本雪穂

はっとするような美貌の持ち主。黒い薔薇、フランス人形などに

喩えられるが、それは酷薄なイメージとも繋がる。

高い演技力と向上心の塊であり、人々を掌で転がす悪女。
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2008年10月01日

小説「砂の器」松本清張



方言、特殊な殺害方法、「カメダ」の謎に、砂の器の示唆するもの

とは?読み応え十分のおすすめミステリー。上・下巻で810ページ。


バーで目撃された、東北訛りの男と連れの男。

東北訛りの男は死体となって見つかり、捜査線上に容疑者として

連れの男が浮かび上がる。被害者の身元がわからないまま、

バーで漏れ聴こえてきた「カメダ」という言葉から、捜査本部は

東北地方の「亀田」姓に聴き込みをするものの、依然被害者が

何者かはわからない。地道な捜査と、温厚な人柄で尊敬を集める

老練刑事今西は、偶然の産物から東北地方に亀田なる地名がある

ことを突き止め、気のおけない若手刑事である吉村らとともに

事件解明に乗り出す。東北地方に訪れた、謎の男の存在、電車で

奇異な行動をした女性……など少ない貴重な事実から今西は、

紆余曲折を経て事件の核心に迫っていく。地道な捜査により今西は、

「ヌーボー・グループ」と言われる先進的であり鼻持ちならない

新進芸術家たちが事件の核心を担うことを確信していく。

題名の示唆する「砂の器」の意味を暗示する文章の演出や、

斬新な殺害方法などもおもしろい。刊行されたのが61年と古いことも

あり、国鉄や100円ホテルなどピンと来ない表記も多いが、あまり

気にならず楽しめるのはやはり名著という感じがした。


愛とは孤独なものに運命づけられているのであろうか。
三年の間、わたしたちの愛はつづいた。
けれども築き上げられたものは何もなかった。
これからも、何もないままにつづけられるであろう。
未来永劫にと彼は言う。
その空疎さにわたしは、自分の指の間から砂がこぼれ落ちる
ような虚しさを味わう(本文より)

これは、犯人の女性の手記だが、同時に、これは「砂の器」の器量

しか持ち得なかった犯人にも当てはまることである。
posted by book0001,世界は誰にでも、読書初心者におすすめ at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | すごくおすすめ長編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする