2008年08月25日

小説「いつかパラソルの下で」森絵都


筋金入りの頑固親父も、自分らしさの檻の中でもがく人間だった。


異常なまでに厳格、異性との付き合いに過剰に反応し、こどもたちに

干渉し続けた父が亡くなった。20歳のときに家を飛び出し、

その日暮らしの生活をしていた私野々は、5年ぶりに家に戻り、

同様に家を飛び出したちゃらんぽらんな兄や、父の影響をもろに

受けた妹といっしょに、父がどうしてあんなに厳格になったのかを

考える。そんな折、どうやら父が不倫をしていたということがわかり

私たち兄妹は裏切られたような気持ちにとらわれる。

あれだけ私たちに潔癖を強いり、自分も潔癖な生活を貫いていた

父の過去に見え隠れする「暗い血」の秘密とは何なのか?



父を知ることで、自分たちが父の呪縛から逃れられるかもしれないと

私たちは父が生まれ育ち、その後二度と父が訪れることがなかった

佐渡島にやってくる。そして、私たち同様に父も

あるがままの心で生きようともがく一人の人間にすぎず、

また私自信も、自分自信と向き合って生きていかなくちゃ

いけないということだった。「名もなき詩」を連想する小説。

240ページ。
ラベル:森絵都 読書 小説
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2008年08月21日

小説「憑神 つきがみ」浅田次郎


江戸の幕末。貧乏御家人彦四郎は、文武を兼ね備えた

ひとかどの人物でありながら、家のしがらみや嫡男(長男)

に生まれなかったことを理由に、こづかいもままならない。


兄の家に厄介になりながら、出世を諦めきれない彦四郎は、

苦しいときの神頼みと三巡稲荷の祠に手を合わせた所、

まさに霊験あらたか、次々と神様が現れた。

もっとも、それらの神様は邪神(貧乏神、厄病神、死神)であり、

彼らの出現によって、彦四郎はつらい決断を迫られる。



武士の持つ「義」と、浅田氏のユーモアが光る時代小説。

激動の時代に、馬鹿正直に生きる彦四郎の潔さが心地よい340ページ。
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2008年08月15日

「サンドのツナより……」

サンドのツナより、僕はおにぎりの方がいいんだなぁ。

と裸の大将っぽい枕詞ではじめます。


三度の飯より○○が好き!と言う方がいますが、それだけ

豊かになったということでしょう。背景には「食べられる」

生活が保障されているからこその「大好き!」表現です。



さて戦争体験の話を聞くと、農家や軍部などの例外を除けば

大抵「空襲」以上に「飢え」に苦しめられたという話が出ます。


小説やマンガなどを読んでいても、食べるものがなくて

イモの根っこや草、虫……といったあらゆる物が食べられています。

「ほたるの墓」(原作は直木賞)とかでも、食べることに困った

兄妹の兄が「カエル」を食べる対象として考えるシーンがあり

印象的です。


まぁあの作品は、国家の政策「戦争」によって国民の命がまるで

蛍のように簡単に奪い取られてしまう戦争の理不尽さを描いた

のだと思いますが、やっぱりせつこが死んじゃうのは悲しいです。


だからじゃないですが、食べられることを当たり前だと思わずに

いたいものです。


63年前のこの日、日本人はどんな気持ちで玉音放送を聞いたので

しょうか。まさか、その当時は日本でオリンピックが開催できる

ようになるなんて、夢にも思わなかったでしょう。腹が減っては

戦ができぬと言いますが、戦争なんてなきゃない方がいいです。
ラベル:コラム 日記
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2008年08月10日

「スポーツのたられば」

本庄第一 勝
浦和学院 負
サッカー 負
柔ちゃん 負(準決勝) 

最近応援していた、チーム及び個人の成績である。


本庄第一(埼玉県代表、甲子園)に接戦を制して勝った。

相手である開星との実力は私の見立てではほぼ互角、

世間や野球解説者の見立てでは開星優位であったが、

堅実な守備とチャンスに点を取り、先発のピッチャーが

9回投げきり、裏の攻撃でサヨナラホームラン勝ち。

第一には替えのピッチャーがいたが、開星にはいなかった点

に注目すれば、やはり精神的にも差があったと思う。


浦和学院(埼玉県代表、甲子園)にて接戦の末破れる。

「バント」をしっぱいしなかったら、走塁のミスがなければ、

バントの失敗が相次ぐ中、三度監督がバントの指示をしなければ

勝っていたかもしれない。というのは結果論でしかない。

バントをさせない相手バッテリーや、その守備力を褒めるべきだ。

勝負の世界においては、

「強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ」という

ベッケンバウアーの言葉に集約されたひとつの真実がある。


サッカー日本代表がアメリカに負けてしまった。

ベッケンバウアーの言葉がリフレインする。いいわけはいらない。

グラウンドの借りは、グラウンドで返すしかないと思う。


柔ちゃん準決勝で判定負けを喫す。

最近の柔道で気になるのは、審判のレベルの低下と判定だ。

なぜか得点で示されていたことや、両者一度も技を繰り出して

いないのに勝敗が決まり、そんな勝ち方をして相手選手が

とび上がって喜んでいたことだ。

柔ちゃんが逆の立場だったら、多分そんな態度取らない気がした。

だって、木偶の審判に「あんたが勝ち」って言われて嬉しい

わけがない。勝敗を決するのは、技あり以上じゃないとおかしい。

正直メダルの色は銅でもいい。

まぁ3位決定戦は一本勝ちだったからスカッとした。

日本柔道が弱くなったと言うよりも、審判に不満を感じる。


そしてこういった日本にとって不本意な結果だった場合、

柔ちゃんに勝った選手を代表にしていたら、

男子は野村を出していればという意見が出てくると思う。

所詮結果論でしかない。

「絶対勝つ」ということは、インチキをするに他ならない。

中東のあるハンドボール選手は、インチキしてでも勝ちたい

らしいが(審判に詰め寄り自分たちよりの判定をしろと発言)

私個人としては、そんな勝ちに価値を見出せないので、

勝ちにつながる努力をし、「できるだけ勝つ」道を模索すべき

だと思う。選手がなじられるのは、負けたり、エラーしたとき

じゃなくて、練習や試合での怠慢、信義にもとることをしたとき

であるべきだ。これは何もスポーツに限ったことではないが。
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2008年08月09日

直木賞「東京新大橋雨中図」杉本章子

明治時代、主人公小林清親は絵師として激動の時代を駆け抜ける。

第100回直木賞受賞作。305ページ。下町情緒あふれる粋な作品。


小林清親は、江戸に居を構える小役人。たくさんの兄弟がいるものの

母といっしょにかつかつの生活をしていた。時代は幕末。

「幕族」薩長の侵攻によって、江戸の町は「明治維新」を余儀なく

され、江戸っ子や武士たちは蔑ろにされる。清親は、年老いた母と

ともに江戸を離れた。絵を描くことが好きだった清親は、それを機に

自分の画帳を燃やしていたが、母の頼みもあり江戸の景色を描いた

1冊だけは手元に残った。



転居先で身体を動かす仕事をし、生計を立てていた清親は

退屈さを感じ、親友である圭次郎らと共に、昔取った杵柄で

斬り合いを見せるショーに参加することにした。しかし、

限界を感じ、これを機に江戸にふたたび舞い戻ることにした。


その後、清親は自己流で描いていた絵を見込まれ、「光線画」や

漫画のような「ポンチ絵」、新政府の風刺絵などを描き好評を博す。


絵師として成功を収めながらも、大切な人と離別をしたり、

殺害現場に居合わせたり、結婚をするも妻と心が離れたり、

いいことばかりではないが、絵師仲間の芳年と切磋琢磨しながら

また自分を取り立ててくれたパトロンや自分の絵や成功を喜ぶ人

のために清親は筆を取るのだった。


変わっていく世の中、変わっていく町々、変わっていく人々……。

でも変わらないものもあるんじゃないか。

変えてはいけないこともあるんじゃないか。

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2008年08月06日

直木賞「遠い国からの殺人者」笹倉明

被害者は加害者であり、加害者は被害者であった。


遠い国からやってきた外国人ストリッパーは、暴力を繰り返す

ろくでなしのヒモ男を殺害。

「男の人が倒れている」という110番通報の女性の声には、

妙ななまりがあり、捜査線上には早くから被害者の男性と

つきあっていた金髪の女性が容疑者として浮かび上がる。

彼女のことをかばい、逃亡を助ける同僚や人々の介入もあり、

確実に忍び寄る警察の包囲網をくぐり抜ける彼女だったが……。


日本に憧れを抱いてやってきた外国人女性が体験した

日本での地獄のような生活と、彼女を食い物にする悪人たちを描く。

しかし、作中において彼女を一人の人間として尊重し、彼女を

助けるために尽力する同僚や弁護士の姿も描き、緩和剤を果たす。

またこの作品の被害者は、同時にろくでなしの加害者でもあり、

(被害者と思われたヒモ男は、性質の悪い事件の犯人でもある)

加害者である外国人女性に、情状酌量すべき余地もある。


またこの作品は2部構成であり、1章においては殺人者の逃亡劇を

2章においては、殺人者の真の素性と事件の細部についてを言及。

また、スリリングな法廷を描き、「無罪」を獲得しようとする

弁護士と検事の戦いや、「真実」を見極めようとする裁判官の姿を

鋭く描く。101回直木賞受賞作のミステリーである。330ページ。
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2008年08月01日

「沈没する船での気転」

様々な国の人を乗せた客船が難破し、沈没し始めました。

その時、乗組員であるあなたはどう呼びかけて

乗客たちに海の中に飛び込んでもらいますか?



相手がイギリス人なら、「紳士(淑女)なら飛び込みなさい!」

アメリカ人なら「保険がかけてあるから安心して飛び込みなさい!」

ドイツ人なら「船長の命令だ。飛び込め!」

イタリア人なら「決して飛び込むな!」

日本人なら「みんな飛び込んでいるからあなたも飛び込みなさい!」



これは、「相手に応じた表現の工夫」という、有名なたとえ話。

国民性に焦点をあてたユニークな呼びかけの例です。

このたとえ話ではイタリア人はあまのじゃくらしいので、

言われたことと逆のことをするようです。



読んでいた本に載っていたので、書いてみたのですが

実際上記のように日本語で呼びかけたら、日本語を知らない外国の

方はすべからく自分の意思以外で飛び込まず、右へならえの日本人は

やはり「他の人が飛び込んでいないのだから」飛び込まないと

思うのですが……。

そんな私はイタリア人的?あまのじゃくなのでしょうか?
posted by book0001,世界は誰にでも、読書初心者におすすめ at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままにその日暮らし! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする