数億円の借金、裏切り、破天荒な生き方をする兄のツケを
払わされるのは私だった。名作詞家なかにし礼の私小説。460ページ。
特攻隊から復員してきた14歳年上の兄は、私の父代わりとして
私を育ててくれたが、山っ気の多い男で、一攫千金めざして、
家を担保にニシン漁に手を出す。
思えば、この頃から破滅への道を歩んでいたような気がする。
苦労に苦労を重ね、ジャズの訳をしながら、立教大学に通っていた
私は、時代の寵児「石原裕次郎」と出会い、昭和の流行歌を次々と
作曲。アメリカンドリームならぬ、大成功を収めるが、金の臭いに
つられて兄がやってきた。兄は、「育ての親」ということや、
母を人質に私から金を無心し続ける。あげくの果てには、私の名前で
勝手に借金を作り、次から次へと会社を起こし、倒産させる。
蛭のように、悪魔のように、私から金銭をむしり取り、精神的にも
追いつめられる私だが、どこかで「改心してくれるのでは?」と思い
兄弟の情や、兄が母と住んでいるということもあり、兄の悪行を
許していたが、遂に決定的な裏切りをし、絶縁状態に至る。
特攻隊の生き残り、墜落体験、アメリカ兵との空中戦……
実しやかに戦争体験を語る兄の言葉に疑念を抱いた私は、
兄の死後、兄が所属していた「戦友会」に赴き、兄の実像と虚像を
推し量る。愛憎と葛藤を繰り返しながら、私は死んだ兄にささやく。
「兄さん、死んでくれてありがとう」
「男はつらいよ」にも言えることだが、ああいう生き方しか
できない人が家族にいたら、言葉では言えないような苦労が絶えない
よなぁと感じた。しかも、この兄は寅さんの比ではないほどの
甘ったれの困ったちゃんである。歴史に「もし」はないが、
この兄がいなかったら、もっと平安な生き方をできたかもしれないが
数々のヒット曲も生まれなかったのではないか?と考えると、
作者ではないが、なんとも複雑な気持ちがしてくる。