2008年04月20日

小説「天きり松闇がたり 闇の花道」浅田次郎


夜の留置場に現われた謎の老人「天きり松」。

彼は、何を隠そう天下の大泥棒にして義賊として
尊敬を集めた「目細の安吉」一家にいた。

六尺に四方にしか聞こえないという夜盗の特技
闇がたりによって、今夜も大正ロマンの幕があがる。


「闇の花道」

9歳の松蔵は、ある日父のてびきによって「安吉」一家
と出会い、その一員となった。安吉は、極道界の大親分
銀次が、拘留中に留守を任せられるほどの器量の
持ち主であり、その実力は「官」ですらお墨つきを
与えていた。銀次が、放免となったその日事件が起こった。

筋を曲げない、潔い安吉の器の大きさに注目。

安吉……親分。中抜きが得意。
       →財布から現金のみを抜き取り、財布を戻す。

銀次……大親分。2000人の手下がいて、大時代的。古い任侠。


「槍の小輔」

山県有朋卿のお宝の「金時計」を盗んだ安吉一家のおこん。
蛇蝎のごとく嫌われていた有朋卿の悲哀と、おこんとの
「恋愛」をからめて描いた物語。盗んだつもりが盗まれて。

「盗みは小手先でするもんじゃござんせん。心意気で盗るもんだ」

おこん……美女。啖呵を切る姿がかっこいい。振り袖おこん。
     ゲンノマエが得意→正面から盗み取る。
     

「百万石の甍(いらか)」

百万石の家の妾の子英治は、松蔵が目標にしている兄貴分。
英治は、貧乏長屋の一本木な棟梁の息子として育てられ、
現在は安吉一家にいる。そんな英治に、100万石の花清から
「家に戻ってくれないか」という勝手な了見が告げられる。
英治は、見事な意趣返しを行い、この世には血よりも濃くて
大切なものがあることを知らしめる。

英治……筋を通す一本木の性格は、血よりも濃い父譲りの職人気質。
    人に媚びず、へつらわず、口数少なく、嘘はつかない。
    シャツの袖口、足袋の裏が常に真っ白という男の中の男。
    黄不動の異名を持つ。得意技は、「天切り」である。
    →瓦をおっぱずし、天上裏から忍びこむ。

「白縫華魁(しらぬいおいらん)」「衣紋坂(いもんざか)から」も
収録。一作50ページほどで、計250ページ。心意気、粋、いなせ。
posted by book0001,世界は誰にでも、読書初心者におすすめ at 18:30| Comment(1) | TrackBack(0) | すごくおすすめの短編・短編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クモの糸2 蜘蛛の意図

蜘蛛にからまったチョウは、かわいそう。だから、助ける。
では、からまったのがハエだったらどうであろうか?
大抵の人は、意に介さないであろうし、よしんば助けようと
は思わないであろう。

蜘蛛の存在というのは、なかなか興味深い。
人は、人にとって有益・無益・有害・無害などの観点から
虫・動物などを「害虫」(害獣)、「益虫」と呼称する。

たとえば、「ミツバチ」を例にとると「益虫」であろう。
しかし、この「ミツバチ」時に人を襲う。少し前のニュースで
マラソン中のランナーが、養蜂園の大量のハチの攻撃にあった
というのがあった。この時のミツバチは「害虫」であろう。
アナフィラキシーショックを考えたら、ミツバチだって恐ろしい。
あと、ミツバチの攻撃(刺す行為)は「捨て身」技であり、
逆必殺技(自分が死ぬ)でもある。

「クモ」の場合はでどうであろうか?
例えば、クモが家に侵入し、勝手に家庭空間の角っちょや、
押し入れに巣をつくっている場合がある。あまり考えずに
クモの巣を壊してしまうのが世の常だが、実際にこのクモの巣
家の中にいるハエなどの「害虫」を捕ってくれていたりする。
つまりこの観点に立つのであれば、「クモ=益虫」である。
人によっては、ペットのエサを得るためにクモを利用したりも
していると思う。

要するに、クモを人間に当てはめて考えてほしい。
世の中には、いいひと・悪いひと、有益・無益・有害・無害に
見える人がいる。立場や観点によって、それらのひとびとは
いろんな顔を見せる。いろんな背景を抱えている。
時に自分にとって「味方」になったり、「敵」になることもある。
助けられたり、助けたりすることもあるだろう。
利用したり、利用されることもあるだろう。
「人間だもの」の一言で片付けられない。
私は、それほどできた人間ではない。

「クモの巣にかかったチョウ」を見て、「助けたい」と思うのか
「別にいいや」と思うのか、「レンタル返しに行かなくちゃ」と
全く気にもとめないのかは、個々の自由だと思う。

単純に「弱肉強食」の観点に立つのならば、「ほっておく」のが
ベターだ。でも、自分が助けたいと思うのであれば、助けても
いいのである。それは、人間に限らず、万物に対して当てはまる。

でも、助けた対象が必ずしも正しいかどうかはわからない。
それは、その人の独断と偏見、立場に基づいたものだからだ。

私の中では、「ダライラマ=よい、中国政府=悪」の形ができた。
中国は、国内においてはっきりした言論統制と洗脳を行ってきたし、
現在でもそれを続けている。武力行使もやめない。
このメガネが正しいのか、曇っているのかはわからない。
だが、そう見えるのである。あくまで、私にとってのここだけの話。

しかし、北京五輪は、中国にとっての盛大な
「ネガティブ・キャンペーン NOW ON SALE(今すぐ去れ!)一掃」
的な一大事業になってしまったなぁ。

からまってもがいているのは、糸を広げた方だ。
こういうのを自縄自縛っていうんだろうなぁ。

自分自身の檻の中でもがいてる(ミスチル「名もなき詩」)的な状況
posted by book0001,世界は誰にでも、読書初心者におすすめ at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままにその日暮らし! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする