2019年11月29日

小説『美人薄命』深水黎一郎

戦争によって大事な人を失ったカエは
望まぬ結婚をし、姑・旦那から虐げられ、
一方的に離縁されてしまう。
片目を失い生き場所のないカエだったが
親友の存在により繕いの仕事をこなし
御年84歳。現在では冗談によって他人を
笑わせる老婆としてつつましく生きていた。

大学のセミナーで教授から進級できないと
脅された大学生の磯田総司は弁当配達の
ボランティアに参加した。一回でもこなせば
教授も許してくれるだろうと軽い気持ちだった。

だが届けたカエなどの老婆や老爺、
ボランティアスタッフの杉村、
かつてあこがれていた同級生の沙織などの
存在もあり、腹の立つこともあるが続けていた。

物語は普通の若者である総司が
84歳にしてあこがれの人、五十路への
過去の恋に生きるカエの秘密に迫っていく
という極上の純愛ミステリーである。
旧字体で書かれるカエの述懐・回想シーンから
現代の物語につながっていく。

なぜカエは総司に対し、胸襟を開いたのか?
カエが抱いてた淡い恋心の行方は?
総司はどのように考え、どう成長したのか?
そして物語の核心、真実に迫るとき
読者をあっと言わせる演出が心憎い。
『最後のトリック』でもうならされたが
私としてはこちらの方が更におすすめ。
双葉文庫
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2019年11月01日

エッセイ『またたび』さくらももこ

まる子の世界旅行の珍道中のあれこれをつづった
爆笑エッセイ。口語体を交えて飾らない文章で
心情の素直につづる。しっかり者の木村さんや
ろくでもない石井さんら同行者とのくだらなくも
愛しい旅の思い出をあますことなく語っている。
おいしくていくらでも食べられてしまうような
世界のグルメな料理に舌鼓を打ち、
ときにゲテモノにうろたえ、
仙台の寿司屋で感動的な味に出会う。

カジノで一喜一憂し、典型的スリに遭い、
なぜか一度しか来ていないかの地で調子に乗って
イキるくだらない石井さんがおもしろい。
ローマの休日でオードリー・ヘップバーンが
アイス食べていた場所に訪れたり、
美しいベニスを堪能したり、
スリランカで宝石の原石を掘ったり、
父ヒロシとスリランカの大臣と謁見したり、
中国のお茶屋で大量にお茶を買い込む。
人のまごころを感じたり、かの地で世知辛い洗礼を
受けたり、体調を崩したりと大忙し。
旅の醍醐味は行って帰って思い返すこと。
このエッセイを読むと行ってみたい場所が増える。
猫にまたたび、いずれの人もまた旅なり。
お気軽に楽しめるさくらももこの旅エッセイ。
新潮文庫
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2019年10月25日

小説『最後のトリック』深水黎一郎

作家である私の下に手紙が届く。
「読者が犯人」というトリックのアイディアを
買ってほしいというものだった。
香坂誠一という謎の男からの手紙はその後も届き、
「命と引き換えにしても惜しくない一世一代」
のアイディアなので2億ほしいと言う。
不信感を抱きながらも、いつしか男からの手紙を
待ちわびている作家の姿があった。
荒唐無稽の大言壮語かと思われた物語は
意外な展開を遂げて…。

作中でも語られるように意外な犯人の模索は
ミステリー界では数多の作家が挑んできた。本作は
ミステリー界最後の不可能トリックに挑んだ意欲作。
物語の随所に暗喩的伏線が提示されていて、
緻密な計算と説得力で展開される傑作推理小説。
一気読みしたくなる垂涎の一冊。河出文庫
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2019年10月04日

小説『ボンボンと悪夢』星新一

気づいたら犯罪者への仲間入り。
殺人、殺人請負、ゆすり、密輸。
組織的なアリバイ工作、実刑を免れたい富豪が
高額弁護士に依頼した弁護の行方は?「組織」

老後の仕事として恐喝リストを手に入れた
老人の結末は?
犯罪に関わるテーマに止まらず、
圧倒的な科学力を持つ宇宙人の襲来も描く。

娯楽を求める宇宙人たちの要望に応じるため、
数々のショーを命懸けで演じる地球人たちを
描いた「宇宙のネロ」。

地上の女性たちをすべて引き渡しください。
と通告する宇宙人を描いた「賢明な女性たち」

飲む打つ買うの三拍子揃った派手な生活を送った
K氏だったが遂に切羽詰まり海で身投げをした。
しかし、奇跡的に助けられた豪華客船には
彼が人生を狂わせた娯楽が詰まっていた「不運」
などを収録。数奇な運命をたどった登場人物、
絶体絶命の人類の行方は?

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2019年09月23日

小説『妖精配給会社』星新一

タイムマシン、不老不死、幽霊、宇宙旅行、宝船…。
科学の発展や摩訶不思議な現象によって、
人々はどんな選択をしていくのか?
ショート・ショートの第一人者である星先生が
繰り出す珠玉の35編を収録。新潮文庫

【おみやげを持って】

初の恒星間飛行を成し遂げた乗組員たちは
不老不死の秘宝という最高のお土産を入手し、
意気揚々と地球をめざす。

【妖精配給会社】

他の星からの漂流者「妖精」は、飼い主に従順で
会話が可能で褒め上手。残飯を与えられれば、 
喜んで食べ、悪口も言わないので最高のペットとして
人々にあまねく普及していった。あまりにも
できすぎた妖精という存在に疑問を抱いたのは
一人の老人だった。

【ごきげん保険】

万能生活保険会社の保険に加入した男。
日常に起こった些細な不満や私情まみれのクレームに
会社から慰謝料として保険料が支払われる。
イライラを解消できると喜ぶ男だったが…。

【求人難】

小さな町工場の経営者のエス氏は求人難に悩んでいた。
夜道で拾ったがま口財布は不思議な財布で、
空っぽにして再び開けると紙幣が入っている。
にわかに景気がよくなったエス氏だったが…。
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2019年08月25日

小説『彼女が追ってくる』石持浅海

冷酷で頭脳明晰な才女たちによる
論理的な頭脳ゲーム開幕。最期に笑うのは一体誰だ?

「箱根会」は成功した経営者たちに催される会。
今回はコテージに会のメンバーとゲストとして
火山学者碓氷優佳が参加した。
メンバー間の懇談によって楽しい夜が過ぎていく。
そんな中、中条夏子はかつての親友にして
恋のライバルだった黒羽姫乃殺害を断行した。
用意周到にして計画的な殺人であり、
夏子は完全犯罪を確信していたのだが…

事件は被害者である姫乃が握っていたカフスボタンの
存在によって、思わぬ展開をみせる。
それは姫乃の遺志なのか?殺したはずの相手から
追われているような錯覚を受ける加害者夏子。

容疑者をかばう気鋭や同情心や打算から
警察への通報が遅れ、関係者たちによる
殺人事件に対する考察が行われる。
部外者のはずの碓氷優佳は事件の真相を暴いていく
超然とした存在として異彩を放つ。
読んだあなたが本当に冷たいと感じる女性は誰?
祥伝社文庫
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2019年08月19日

小説『極楽カンパニー』原宏一

定年退職した会社人間須河内、桐峰は本気で
会社ごっこをはじめた。
「絵空事・馬鹿正直・度外視」
という現実の会社ではできなかった理想を掲げ、
邁進する二人は彼らに賛同する喫茶店のマスターの
協力もあって架空の会社を設立。

退職後張り合いをなくし、暇を持て余していた
同じ境遇の者たちが想像以上に集まってきた。
喫茶店をオフィスとした本気の会社ごっこ遊びは
会社人間、モーレツ社員たちにとって最高の時間。
金の介在がないだけで本式の会社と見間違うレベルの
ごっこ遊びに定年退職者達は夢中になる。

100人単位に膨れ上がり、喫茶店だけではキャパ超えと
桐峰は新たに別会社をつくり切磋琢磨しようと張り切る。
商社に勤めていた須河内の息子慎平はそんな父を冷ややかに
見ていた。だが将来の独立を真剣に考えるようになり
父たちの会社ごっこはそのままビジネスに転用できる
可能性に気づく。そして資金を出してくれるという
悪評ばかりの二谷の存在もあって会社との決別を決める。

会社ごっこは会社人間だった多くの定年世代の心を捉え、
全国に広がっていく。そんな中、事件が勃発して。

父と子の確執、母の怒り、働き方や働く意味を
ユーモアを交えて描く。作品の中で、登場人物が
会社って一体何なんだろうね?と考えるシーンがあるが
本当に会社って何なのかね?労働環境自体はどんどん
よくなっているはずなのに、離職率とかは上がっている。
終身雇用が崩壊したことや、転職自体のハードルが
ずっと低くなったことや、家庭の形やあり方や
女性の社会進出など多くの要素がからみあって、
一概には言えないのもかもしれない。

職業選択が自由化したことで、かえって複雑化、
迷う要素が増えたような気もするが、職業を変えられる、
逃げられる環境もできた気もするし。いずれにせよ
天職を見つけられればいいけどこればかりは難しい。
集英社文庫
ラベル:小説 原宏一
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2019年08月02日

小説『白髪鬼』江戸川乱歩

九州の大名を先祖に持つ大牟田子爵は姦夫姦婦
(ゲス不倫、NTR)され、事故を装った殺人未遂
の被害に遭う。旧家の立派な墓に埋められる。
当時土葬だったので彼は仮死状態から復活した。

数日間地中から這い出ようとした地獄体験、
死の恐怖によって白髪となり老人の姿に豹変。
しかし思わぬ形で海賊の宝を手にすることに。

愛する妻瑠璃子と親友川村が自分を裏切り、
殺そうとした真相を知ってしまう。
大牟田俊清は悪女瑠璃子と川村に復讐を果たそう
と強く決意した。
二人の罪を告発しても苦痛の少ない死刑が関の山。
それではこの怒りは修まらないと私刑を選択。
目には目を、歯には歯を、殺意には殺意を。
コノウラミハラサデオクベキカ。

自分の顔の特徴である目を黒眼鏡で隠し、
大牟田家の親類で渡米し正体不明となった
親類里見重之になりすます。
彼は南米で大成功し、成金紳士となって
日本に帰ってきたという筋書きだ。
白髪鬼と化した彼は復讐の心を胸に秘め
瑠璃子と川村に近づいていく。その結果、
二人の犯した新たな罪も露見し、より一層
白髪鬼の仇討ち的ストーリーに拍車がかかる。

ゾクゾクする名作ホラー。人の心に醜さ、
恐ろしさや複雑さを見事に描く。
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2019年07月29日

小説『影男』江戸川乱歩

いくつもの名前を持ち、複数の恋人を持ち、
人々の秘密を握り影のように暗躍する影男。
人の表の顔と裏の顔を探求する影男は、
めだたない影のような存在となり恋人や部下も
動員して権力者の急所を握り大金を脅し取る。

犯罪小説家という顔を持つ彼は、実際に自分が
行った犯罪を作品で発表するという
大胆不敵な行為をし、それを愉しんですらいる。
しかし根っからの悪党ではないので、きまぐれで
困っている人間を助けたりと義賊的性格も併せ持つ。

その類い稀な頭脳は本当の悪党に目をつけられる。
殺人請負会社を営む須原は影男に接触。
ターゲットを奇抜な方法で殺したいので
その方法を伝授してほしいと影男に依頼した。

幻想的な世界を構築し、ルパン的主人公影男が
暗躍する物語に引き込まれる。作者が述べるように
思いつきと二番煎じ(過去の作品との)、
後半の構成にやや難があるが十分楽しめた。
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2019年07月15日

小説『くちびるに歌を』中田永一

Nコン合唱コンクールをめざす長崎県五島列島の
中学生たちと合唱部を指導する自称ニートの美人教師の
奮闘を描いた青春小説。作者は乙一先生別名義中田先生。

産休に入った信頼厚い音楽教師松山先生の代理で
美人ピアニストでニートをしていた柏木先生がやってきた。
松山先生と柏木先生は友人であり三角関係の当事者。
松山先生の旦那はかつて柏木の恋人ということもあり
複雑な想いを抱いていた。生徒達には伏せられていたが
松山先生は心臓が悪く危険度が高い。
それを知る教師達は彼女の容態を危惧していた。

合唱部は元々女子しかおらず、まとまっていた。
しかし、美人の柏木先生目当てで男子生徒が数名入り
(桑原サトルのみ違うが)、不協和音が生まれることに。

美形の2年生男子をちやほやする浮かれた女子生徒、
練習をまじめにせず女子生徒から不況を買う男子生徒、
めだたないまじめな生徒だった桑原がみせる意外な才能、
部内で生まれた恋愛感情や恋愛関係。

思春期を迎えた中学生がいろんな悩みに直面しながら
等身大の自分と向き合いながら生活を送る。
一見おちゃらけて見えた人物の意外な素顔、
明るくてかわいいあの子の素の部分や悩み、
家族から過度の期待を背負わされた生徒、
そして案外メンタル弱い顧問の柏木先生に
部員を支えるしっかり者の部長、
自分の意外な恋心に気づく女子生徒と
盛りだくさんなキャラクター、感情がほとばしる。

「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」、そして作中登場人物が
十五年後の自分に向けた手紙を描いているが、
そこにこめられた想いやそのときに感じた
あれこれを形にするというのは、恥ずかしさと同時に
大切な思い出に変わる日がくるかもしれない。

主人公の一人であるサトルは、自閉症の兄がいる。
将来を心配した両親から、兄の面倒をみる存在として
生まれた子である。ある種の義務感、責任感を
あらかじめ運命づけられた存在であり、消極的で
めだたない彼はともだちもできず得意は寝たふり。
しかし、明るくかわいい同級生長谷川コトミが
つぶやいた毒舌を聞いてしまう。寝たふりを続け、
聞いていなかった演技を続けるが、おそらく
バレている。でもそんなこともあり、サトルは
コトミのことが気になり、ひょんなことから入部。

サトル意外の男子生徒は柏木がいないと露骨に
まじめに練習をしないので女子から敵視される。
女子部員の中でも男子擁護派、男子敵視派(主流)が
生まれ対立が表面化。昔のラブレターによる裏工作と
ほほえましい?水面下の交渉も勃発。
本気でNコンをめざす女子部員は、男子を出さない
強硬案を主張する自体に。混声合唱は生まれるのか。
小学館文庫
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2019年07月08日

小説『夜光の階段』松本清張

女を踏み台にして成功の階段をかけあがる
美容師佐山道夫と彼に疑惑を抱く桑山検事。
女たらし、女殺しと称される美容師佐山は
刑事事件的な意味で裏の顔を持っていた。
男性美容師が珍しいいわゆるカリスマ美容師の
走りだった当時にヒモ・悪事の天才佐山が躍動。
関係を持ち、女性を利用し尽くす悪魔のような男は
シッポをつかませないし、豹変するときはある意味
君子のように行動が迅速で頭もキレる。

自白を強要する違法捜査がまかり通り、
官尊民卑が顕著だった社会背景もあって
そのシッポをつかまれない佐山。
美容界の寵児、ニュースターともてはやされる
佐山の周囲では変死を遂げる者が多い。
裁判によって一応の解決をみせた殺人事件。
しかし、それはえん罪だったのではないか。
不思議な因縁で彼に対して疑惑を強める佐山は
独自の調査を進めるのだが…。
富と名声のために悪事に手を染めていく
美容師がいろんなものを切りまくる。
それは後ろ暗い過去か邪魔になった女との関係か。
新潮文庫上・下巻
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2019年06月25日

小説『百瀬、こっちを向いて。』中田永一

「百瀬、こっちを向いて。」

人間レベル2の学校カースト底辺を自負する僕は、
百瀬陽という美少女とつきあうことに。
そこにはこんないきさつがあった。

幼なじみにして年上のヒーローイケメンの宮崎先輩は
学校を代表するご令嬢の神林先輩とつきあっている。
(資産家の神林先輩は県知事とも知り合いなのだ)
誰もがうらやむ美男美女のカップル。
しかし、宮崎先輩は百瀬というタイプの異なる美少女
ともつきあっていた。デートを目撃してしまった僕は、
神林先輩の疑念を晴らすために百瀬と恋人のフリを
してほしいと宮崎先輩から頼まれてしまう。
命の恩人である宮崎先輩の頼みは絶対に断れない。

豆電球のような学校生活を同レベルの親友田辺と
すごしていた僕だったがきら星のような恋人ができた。
そして先輩たちカップルとのダブルデート。
神林先輩への罪悪感と百瀬への切なく苦しい想いや
秘密を抱えきれなくなった僕は田辺に心情を吐露する。

作品において印象的なのはキャラクターたち
ひとりひとりの秘密や感受性豊かなセリフだ。
恋愛物語の蚊帳の外に置かれていた田辺が吐き出した
飾りのない主人公へのメッセージに心打たれた。

「なみうちぎわ」

5年間の間、意識を失っていた私の目の前に
現われたのは成長したかつての教え子だった。

海辺の田舎町の女子高生姫子は小学六年生の
灰谷小太郎の家庭教師になる。不登校になった
小太郎は生意気な口をたたくが徐々に打ち解ける。
そして事件が起こる。

溺れていた小太郎を助けようと海に飛び込んだ
姫子は重体となり遷延性意識障害と診断される。
意識を取り戻した姫子は徐々に回復し、
杖をつきながら大検をめざして歩き出した。
しかし自分のせいで姫子の人生を大きく変えて
しまったという自責の念にかられる小太郎は
まだあの日の波に翻弄されていたのだった。
寄せては返す波のように起こった恋愛感情、
ふたりの恋の行方は…

「キャベツ畑に彼の声」

本田先生は国語教師、発生がよく黒いセルフレームの
眼鏡がよく似合い女子生徒から人気がある。
わたしこと小林も心惹かれるひとりだが、
結婚間近な恋人がいるという噂。ざんねんである。

わたしは作家の「テープおこし」という高額バイトを
頼まれて録音素材から入力作業を行っていた。
あれ、この声どこかで聞いたような…。
覆面作家(正体、写真などを公にしていない作家)
北川誠二は本田先生なのではないか?

こうなると北川誠二の作品が俄然気になり
読んでみると、黒いセルフレームの国語教師が
登場する本大先生をモデルにしたような内容だ。
確信を強めた私は提出課題時のノートに
あの小説を書いたのは本田先生ですか?と問いかけた。

「小梅が通る」

引っ越しを機に私は周囲をあざむくブスメイクを
はじめた。女優をしていた母、その遺伝を強く受けた
わたしは自覚はないが美少女で周囲をザワつかせる。
頼まれて子役モデルの仕事をしていたことがあるが
ヤバイ自称ファンの出現に心配した親は
引っ越しを決めわたしはモデルを引退した。
誰もがうらやむ容姿は同性からの強いやっかみもあり
苦い過去をつくりもした。

めだたない方が穏やかな生活を送ることができる。
という強い人生訓を持つ母、いろいろ学んだわたしは
平素からブスメイクをし偽装をし日々を送る。
めだたないよう心の友である二人と共に教室の隅で
ひっそりと生きることを選択したわたし。
しかし、お調子者の山本寛太の出現によって
春日井柚木は架空の妹小梅を名乗ることに。
油断して焼き肉店で素顔をさらしてしまい、
とっさにモデル時代の名前を言ってしまったのだ。

小梅にひとめぼれした山本寛太は彼女に会わせろと
わたしをせっつく。めんどくさい奴だ、
数学70点取ったら会わせてやる、でもムリだろ。
と思っていたのだが…。
嘘からはじまる恋もあるんだね。いとしいね。

乙一先生別名義の傑作短編集。すさまじい完成度。
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2019年06月10日

小説『美しい星』三島由紀夫

円盤を目撃したことで自分たちは宇宙人である
と自覚した一家。水爆実験(核実験)をはじめた
アメリカ・ソ連の暴挙を憂い平和を熱望した。

埼玉県飯能市の裕福な大杉一家には秘密があった。
家族四人が個別にそれぞれUFOを見たことで
金星・火星・木星・水星人であると思い出す。
そして地球人の個体に精神(霊魂)が侵入し、
4人で生活する家族であった。
生まれ育った天体での記憶は全くないが、
それぞれ別の天体から飛来した宇宙人であり、
そう自称している。

もちろんそんなことを言う奴は、狂人扱いされ
この星では排斥されることは明白なので
一家はこのことを隠しながら生きている。
世界平和を憂う父重一郎は宗教的活動を行い、
長男一雄は政治活動に活路を見いだそうと
有力な政治家黒木に近づく。
地球人離れした美人の金星人暁子は
自称金星人の竹宮に会いに行く。
変人ばかりの家族の中で平凡な感受性を持つ
母伊余子は彼らに寄り添うように暮らす。

彼らの存在を妬む卑しい近隣の住人。
彼らの通報によってやってきた刑事。
そして円盤を見たことで宇宙人であることを
自覚した自称宇宙人たちも現われる。
彼らは地球人達を安楽死(人類を滅亡)させる
ことが衆生につながると物騒な考えに囚われた
厄介な存在であり、重一郎と対決することに。

物語に登場するのは自称宇宙人であり、
明確な形で宇宙人とする根拠や記述はない。
しかし重一郎や暁子がそれぞれ見た円盤が
実在するのかを論じるのはナンセンスだ。
この物語の主題は冷戦下にあった当時の
深刻な緊張状態の中、核実験を繰り返す
愚かな人類を宇宙人の視点で捉え、
痛切に批判、解決を模索した点である。

核という人間の手には余る科学技術を放棄するか
そもそも人類自体を滅亡させることで
魂を苦痛から解放する(安楽死させる)
という命題に挑んでいる。
作中重一郎は、個人の痛みが人類全体の痛みと
して共有されればこんなバカげた諸々の
失敗や過ちを繰り返さないはずだと糾弾する。
殴り合えばわかることが、爆弾を投下すれば
一方的な暴力となりボタン一つで可能となる。
しかも、それが命令であれば責任の所在は
あいまいとなり、取り返しのつかぬ惨劇を生む。

「人」が思いつくことはいいことでも悪いことでも
いつかは誰かが実行する。理想を掲げる重一郎、
政治家になることで人類を支配しようとする一雄、
金星人を身籠る暁子。そして自称三バカ宇宙人。
自己陶酔する者たちの運命、人類の運命は?

1962年(昭和37年)に描かれ8年後に著者は
亡くなったわけだが、その頃と今とでは世界の
あり方や緊張度全然違うのだろうなぁ。
それこそ宇宙人や広大な宇宙に救いを求めたくなる
気持ちもあるのだろうが、著者の持つ宇宙(脳)に
少し触れられるというだけでも一読の価値がある。
新潮文庫 355ページ
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2019年05月31日

小説『火花』又吉直樹

花火大会で出会ったお笑い芸人あほんだらの神谷さんに
惚れ込み弟子入りした徳永。
お笑いのために全身全霊をこめて邁進する師匠神谷さんと
僕との日々を描く。そんな愛しくも馬鹿馬鹿しい傑作小説。

平素の破天荒な言動や舞台での暴走などにより
お笑い芸人からも引かれる。
ヒモ的な生活をしながら借金を重ね、
誰よりも純粋にまじめに笑いを追求する探求者神谷。
彼の才能に魅せられたスパークスの徳永は
実生活やお笑いにおいて強い影響を受ける。
繰り広げられる漫才談義、独自の哲学。
お笑いに対する真摯な姿勢。

周囲からバカにされ、受け入れてもらえなくても
ただただ我武者羅にひたむきに我が道を行く。
そんな姿に感動させられ、強く勇気づけられる。
神谷と徳永の何気ない会話が無性におもしろい。
そして、やはり花火のシーンが印象的な作品。
文藝春秋
ラベル:おすすめ 小説
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2019年05月18日

小説『クラスルーム』折原一

教師の恐怖政治によって支配された教室。
生徒たちは革命を起こし、10年の歳月が流れた。
成長し日々の生活を送っていた栗橋北中卒業生たちに
長谷川達彦なる人物から同窓会の便りが届く。

しかし、長谷川達彦という名前に見覚えがない。
卒業アルバムを開いてもそんな同級生はいないし、
元クラスメイトたちの記憶にもない。
また、不審な形で手元に届くので不気味だ。

もしかしたら、10年前のあのことが原因かもしれない。
あのときの「きもだめし事件」には謎が多い。
3年B組の面々は竹刀を振り回す暴力教師桜木によって
息の詰まる学生時代をすごしていた。
桜木をこらしめるために企画されたあの催しが
今回の不可解な事態を招いている。

佐久間百合、秋葉、青野、松尾らかつての生徒たち、
そして桜木は夜の校舎にやってきた。
謎の人物長谷川達彦の正体とは?
現在と過去をリンクさせ巧みに構成された文章。
叙情トリックの名手によるバランス感覚の優れた
傑作推理小説。講談社文庫

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2019年04月12日

小説『通天閣』西加奈子

大阪ミナミの街で蠢く個性的でアクの強い
キャラクターたちが織りなす人間劇場をコミカルに描く。

不満ばかりの主人公俺の日常は、
変なオカマから熱い視線を浴びたり、
謎のジジイの行動に首をかしげたり、
しょうもない工場で黙々と作業をこなす日々。
行きつけの店大将で塩焼きそばばかり食しているが、
昔はコンビニのいなりそばセットばかり食べている。
これはグルメなのか、単なる偏食家なのか。

もう一人の主人公の女の子の日常はしんどい。
ニューヨークに行けば夢が叶うと思い込んでいる
愚かな彼氏マメを健気に待っているが、
けったいな人ばかりのぼったくりスナックで
心を痛めながらチーフとして働いている。
こんな悲惨な境遇に身を置くことで恋人が心配し
帰ってくることを願掛けしているのかもしれない。

下品であけすけだけど、印象に残るフレーズも多く
二人の主人公の物語がリンクする箇所や
店で働くママのセリフが好印象な作品である。
ちくま文庫
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2019年03月30日

エッセイ『焼きそばうえだ』さくらももこ

さくらももこと長尾さんはくだらないバカ話を
楽しんでいた。
仲間をつのろうとTBSの植田さんや小
学館社員の江上さん、山崎君を集めた。
こうして男子の会のメンバーが発足した。
名前の由来は小学生男子レベルのバカ話をし
大いに笑い、楽しもうというものだ。
この計画は当たり、メンバーはこの会を
定期的に開き、有意義なムダな時間をすごす。

長尾さんはバリのリゾート開発の仕事をしていた。
このバリに植田さんが焼きそば屋を開いたら
おもしろいのではないか?という話になった。
植田さんはドラえもんのような万博のような
味のあるいじられキャラ。
いたら特に役に立つわけでもないが
いないとやたらと気になるおかしな存在。

きっとバブル期に買った高級マンションの返済に
追われ、汲々としているに違いない。
TBSの出世の見込みもなく何があるかわからない。
(作品連載中に買収話もあったよ)
神奈川から職場の赤坂への移動は大変だろうし、
妻にも子にもなつかれず、いざという時役に立たない…
これはもう、バリで「焼きそば うえだ」を
始めるしかない。ということになった。

さくら先生が定期的に行うおもしろパーティーよりも
よほど焼きそばうえだの方が安くすみ、かつおもしろい。
この話はどんどん進み、看板もさくら先生が書くことに。
この変な情熱は現地の親切すぎる金持ちローランさんの
心を動かし、本当に開店することに。
友情とは名ばかりの単なるヒマつぶしのような
気もしないでもないが、営業開始。
しかしやってきた最初の客は最底辺の客だった!
明日はどっちだ?日常に疲れた人におすすめに一冊。
小学館文庫
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2019年02月25日

小説『少女地獄』夢野久作

飛び込み面接により看護婦となった姫草ユリ子は
虚構に生きる人たらしの天才美少女。
その天真爛漫な言動や献身的な態度は
老若男女問わず好意を抱かせ夢中にさせる。
しかしそんな彼女には全く別の裏の顔があった。
人並み外れた虚言癖である。
嘘を嘘で塗り固める…。現代のキラキラ女子のような
妄想、仮想、幻想に生きる儚い存在。
彼女の自尊心を満足させ、成立させるためには
もはや自殺し遺書を残すという手段しかなかったのか。

6つの手紙から構成された短編「殺人リレー」。

火星人と呼ばれた女学生甘川歌枝の戦いとは?
小学生の頃から飛び抜けた身長、身体能力を持ち
異彩を放つ歌枝は周囲から疎まれ生きてきた。
唯一無二の親友であるアイ子嬢を除けば味方はない。
物語はいわゆる暴投より新聞沙汰になった
不可思議な事件の謎が提示される。
歌枝がアイ子に向けた手紙により全容が語られていく
という書簡形式によって物語が展開される。
聖人君子として世間から高く評価されている
校長は真逆の裏の顔を持っていた。
彼もある意味、虚構に生きる二重人格者。
端的に言えば「ひとでなし」だった。

1934〜1936年に発表された3篇による
表題作『少女地獄』は書簡体による傑作集。
当時の女性が男性優位の社会において生きることの
息苦しさや難しさを描いている。

「地獄」と明言される現世の世界において
逃避的に自殺という道を選択する者もいるだろう。
作品としては、小娘ユリ子に手玉に取られる
子気味よさがあるのが第一部。
ユリ子に嘘をつかれ、だまされたとわかっても
仕方ないなぁと笑って許せてしまう。
憎みきれないキャラクターだ。
同時に彼女は自分が気に入っている今の立場を
守るために脅しをかける裏番的な怖い顔も見せる。

第三部の歌枝は基本的におひとよしの善人だが
両親からも疎まれ邪魔にされていることを知る。
信頼していた人物から裏切られる。
そういった人の持つ醜い部分を見てしまい
事件を起こす悲劇的なヒロインである。
この行動力に優れた全く異なる魅力的なヒロインが
登場する少女地獄。蓋し名作と言えよう。

上流階級の人間相手に恐喝を行う男が
的にかけた相手が告白する驚愕の事実とは?
「けむりを吐かぬ煙突」など4編を収録。角川文庫

同著代表作として名作『ドグラ・マグラ』があるが
難解でかつ長編なので、読みやすく理解しやすい。
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2019年01月06日

小説『羊と鋼の森』宮下奈都

山深い森で暮らす高校生の外村はピアノ調律師板鳥さんと
出会い、調律師をめざして歩み出す。
特別な才能など持ち合わせていない…
それでもひたむきにピアノの森をさまよう外村は
板鳥さんと同じ職場で柳や秋野といった先輩調律師と働く。

双子の和音・由仁姉妹に代表されるピアノ演奏者(お客様)を
サポートし、魅力的な音を引き出すために努力を惜しまない
外村だったが明確な正解のない音楽の世界に苦戦を強いられる。

確かな研ぎすまされた感性と豊かな表現に彩られた美しい文章が
醸し出す音楽の世界に酔いしれる。文藝春秋
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2018年12月14日

小説『病院坂の首縊りの家』横溝正史

複雑怪奇な五十嵐家、法眼家の過去と現在。
そして両家に起こった陰惨な事件の謎を追う
金田一耕助と刑事の20年による捜査と結末とは?

開業医の名士として知られる法眼家、
闇稼業によってのし上がった五十嵐家。
両家の成り立ちやご先祖、登場人物が紹介され、
かの両家の子である法眼由香利、五十嵐滋が
婚姻の運びとなり、写真館で写真が撮られた。
その際に不思議なエピソードが語られる。

一方、アングリーパイレーツなるジャズ集団に
おいても事件が勃発。中心人物であった敏ちゃんが
妹と目されていたメンバーと結婚するという。
メンバーの哲ちゃんは彼女への恋慕から敏ちゃんから
殴られ右目を失明。酔った勢いで二人の逢瀬を
邪魔しに出かけたが、彼が見た者は敏ちゃんの
変わり果てた姿だった。現場に残された手紙から
一応の決着がついた形となったが、金田一耕助と
等々力刑事にとって忘れられない事件となった。

それから20年の歳月が流れ未解決のまま時効が成立した。
(現行法では殺人事件に時効はない)
刑事を引退し探偵事務所所長となった等々力氏、
そしてかの名探偵が再び捜査に乗り出す。
かつての関係者たちを洗う金田一は、
事件に隠された真相に迫るのだが、
過去の事件が引き金となり新たな殺人事件が勃発。
更なる悲劇を防ごうと頭脳をしぼる名コンビと
金田一の選択とは?角川文庫 上・下巻
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